ミソジノハカバ

脳内のガラクタ置き場。フィクションとノンフィクションが入り混じったカオスです。ゲームの話が多いですが、おもしろいと思ったことはなんでも書き留めます。

【日記】人間が壊れる瞬間の音は乾いている。

この間救急車に運ばれることになったのでその時の症状をドラマチックに記しておく。



いつもの仕事中、特に何かかわった業務をしていたわけでもない。

ただ一つ、空咳をついた。

その瞬間にパチンという音が脳内で響き、現実から意識が遠ざかり始めた。

途端、心臓が爆発しそうに暴れだした。汗が噴き出る。血の気が失せ、手足の感覚がなくっていく。いつもは器用に動いている手が、鉛のように重くなっていく。体が末端から石になっていくかのようで、たまらず私は膝をついた。

目の前が夢の中にいるかのように霞んでいき、渦をまくように視界が回転し始めた。自分の前に特異的な「何か」が発生し、そこに存在を巻き取られていくような感覚。私の存在が空間にあいたブラックホールのような小さな点に無理やり押し込まれていくような切迫した喪失感があった。このままでは自分はここから消えてなくなるだろう。そう確信させる何かがそこにはあった。

視界が鼓動に合わせて狭くなり、霞み、うねり始める。時折懐中電灯で顔を照らされるかのような閃光が走り、私は瞼をぎゅっと結んだ。

 

筋肉が急激に水分を失って、内に丸まっていく感覚が襲ってきた。それはまるで火にあぶられるような感覚。ひどく喉が渇いた。腹から喉にかけて内臓を握りつぶされているような苦しさで、呼吸が乱れ、胸に走る痛みに私はもんどりをうった。

四肢の操作をなにものかに乗っ取られた体の脱力感。曖昧になっていく現実と自我の境界線の狭間に放り出された私はすべてを放棄して、その場に倒れこむこととなった。

 

これが「死」か。と私は確信した。

 

同僚に救急車を依頼する。

同僚同士の会話が聞こえるが、それは現実的な会話で、私はその現実社会と苦痛の世界の時間の流れの違いに諸行無常を感じた。きっと私がいなくなってもおかまいなしにこの世界は進んでいくのだろうと確信させる出来事だった。

 

救急車に乗る。少しほおっておいてほしいのに、救急隊員は絶え間なく私に語り続ける。波のようにくる不快感に耐えながら、私は病院で点滴の処置を受けた。

 

結果、体に異常はなかった。

 

「あなたは歩けるはずだ。とにかく家に帰りなさい」

 

そういわれた瞬間、体がすっと軽くなり、嘘のように動く。

付き添いに来てくれた同僚は心配そうな顔をして、検査をもっとしなくてもいいのかなど医者に聴いてくれていたが、医者は困った顔をして首を横に振るだけだった。

 

意識が現実に引き戻され、会計のことなどを考え始める。ATMはどこだろう。持ち合わせが今はない。今まで彼岸の淵にいたと思っていたのに、この展開の速さに脳みそがついてこれていない。

付き添いの同僚にお礼を言おうとすると言葉がでない。喉で言葉が詰まってまた呼吸が乱れる。喉に綿を詰められたように話すことができなかった。

その様子を見て、迎えにきてくれた上司は家まで送ると申し出てくれたが。上司と話そうとすると喉がぐいっと何者かにつかまれたかのように言葉がでない。

焦って話そうとすると言葉と呼吸が混ざった音が情けなく口内に響き、くぐもった音をたてた。

 

無意識にこの場にいてはいけないのだと感じたため、逃げるように車に乗った。

ハンドルを握るとあの感覚が蘇る。虚空が現れ、私を吸い込もうとする。

無意識に体が固まりはじめ、内側に曲がり始めた。私は念仏のように「大丈夫」とつぶやきながら車を発進させた。この場にいるよりもよいと思ったのだ。

5分走って休憩を繰り返しながらやっとのことで家にたどりつき、私は玄関に倒れこんだ。

 

私の心は壊れてしまっていたのだ。

 

なにが原因かはわからない。とにかく会社が合っていなかったのだろう。

それでも私は日常にしがみつくためになにかと無理をし続けてきてしまったらしい。

アドレナリンが出ているときに負傷に気が付かないように、私の心は壊れて砕けるまで、それに気が付かなかったのだ。

砕けて、割れた隙間から、虚空が現れ、私の心を吸い取ろうとしていたのだろうとなんとなく思っている。

 

すぐに診てもらおうと、心療内科を探すも、どこも予約でいっぱいだ。これは世も末だなと苦笑する。

事情を説明すると、一件の心療内科が緊急で診断してくれることとなり、すぐに休養指示がだされた。

電話で会社に連絡しようとするも、電話をしても声が出ない。

やっとのことでメールを打ち、逃げるように診断書を送った。

 

多分私はもうあそこには戻れないだろう。

そう思うと喉にいる小さな悪魔がが暴れ始め、私の気道に噛みつき、つまり始める。

言葉や思いがヘドロのように体中にへばりつき、手足にまとわりついて動きが緩慢になる。

その癖に最悪の事態だけが脳内に繰り返し上映され、望まない悪夢のレイトショーに眠れない日々が続いた。

 

いまは薬で落ち着いている。

 

身体の苦痛なんかより、心の苦痛は想像を絶する。今回の苦しみは間違いなく、我が人生で最大の苦痛だった。

何もないのに身体に症状がでるなんて、なんと人間は不思議な生き物なのだろうか。

 

心はある日突然壊れる。

諸君も気を付けてほしい。