ミソジノハカバ

脳内のガラクタ置き場。フィクションとノンフィクションが入り混じったカオスです。ゲームの話が多いですが、おもしろいと思ったことはなんでも書き留めます。

【マンガ】「平和の国の島崎へ」を語る。

ミリタリー漫画って今のご時世、不謹慎だけど面白いよな。

FPSも好きなので、実銃とかでると燃える。

映画なら「ブラックホーク・ダウン」、「ハート・ロッカー」、「フォレストガンプ」、「ランボー」、「プラトーン

漫画では「ヨルムンガンド」、「マージナル・オペレーション」、「東独にいた」、「ブラックラグーン」……はちょっとマフィアものだけど。

 

misojinohakaba.hatenablog.com

 

そんな私の最近の一押しを紹介しよう。

本作は上記とちょっと毛色は違うが、独特なうまみを感じることができる。

国際社会と国際テロ組織LEL(経済開放同盟)が半世紀もの戦闘を繰り広げる世界で平和な国とはなにか、戦争とはなにかを考えさせられる。

それでいて重すぎず、かと言って軽すぎず、淡泊さの中に含まれるリアルな描写。

それが光るのが「平和の国の島崎へ」である。

 

morning.kodansha.co.jp

※公式サイト

 

「平和な国」と「戦場」。埋められない常識の溝

前提として、主人公「島崎」は平穏な日常を望んでいる。しかし彼らの周りではトラブルか絶えない。後述するが、彼は平穏には生きられないのだ。

 

この漫画を読んでいると、日本というのがいかに平和なのかがわかる。「命の重さ」が「島崎」と「平和な国の日本」では消えない壁になって立ちはだかり続ける。

戦場の常識しか知らない島崎は、平和な国に適応するのに訓練が必要なレベルなのだ。

島崎が住んでいる寮内では島崎と似た境遇のものばかりが住んでいる。寮内は悪夢にうなされる声が響き、消えない暗い過去にみな苛まれ続けている。

そんな中で、みなこの平和な国に適応しようと頑張っているのだが、争いへの考え方を徹底的に洗脳され、教え込まれている彼らは躊躇なく暴力を行使する準備がある。

それは息をする様に簡単に人をぶん殴れるくらい。平和な国で人を殴るということの重大さを彼らは理解できていない。ここがミソで、彼らは「わからないだけ」なのだ。

それが本作一番の読みどころ。

 

彼らの根幹には「戦闘」という選択肢が常に1番上に来ている。

戦場に長く身を置いているため、問題解決への暴力行使のハードルが異様に低いのだ。暴力が日常になってしまっている危うさと、本人達がそれを悪いことだと思い悩まないあたりが生々しい。

本作は平和な国と、彼らのギャップの深さを日常描写の一言で大きな違和感として表現するのが上手い。

それがギャグにも一役買ったりするのだが、本作はそれを描くのが圧倒的に上手い。笑い、暴力、生活。全てを使って彼らのズレを表現している。

特に「平和な国に適応」というワードセンスが秀逸。

彼らは平和に生きてきたことがない。わからないのだ。善悪ではない。教え込まれた殺しの呪いが解けない。ただそれだけなのだ。

そこが見え隠れする物悲しさが本作の最大の特徴。

 

消えない血の匂い

島崎を含む、戦場にいたものは殺しのスペシャリストである。複数人で歩こうものなら狙撃手が数名出張ってきて、公安が常に彼らの動向を確認し続けている。作中で彼らはそれを意に介してもいない。なんなら道具として使うときすらある。

強いというのもあるが、狙われることが日常の彼らには瑣末なことなのだろう。彼らにその気はなくても、その常識のズレが致命的なことであることを匂わせてくれる。

 

彼らがその気になって動けば、自衛隊との正面衝突になるくらいの強さがある。恐らく殲滅できるか、死んだらそれまでと思っているのだろう。

最新刊(現在4巻)では単騎でテロリスト25人を自分の平穏のために殺すシーンもある。

島崎こと、コードネーム「霧(ネブロー)」

彼がいかに平和を望もうとも、彼はもはや兵器なのだ。

彼が望む日常を得るためへの道は、人の死でしか成り立たないのだ。

島崎はそれしか手段を知らない。

 

選べなかった人生が闘争を呼びつづける

また心に来るのが、島崎は望んで戦っていたわけではない。幼い頃、テロリスト集団のハイジャック事件に巻き込まれ、母を殺され、誘拐され、洗脳、訓練されたことでこうなっている。

本人が望まぬして平和から遠ざけられたのだ。

彼はそこから抜け出し、平和を求めて祖国日本に帰ってきただけだ。

しかし、彼らの周りでは何人もの人間が死に、島崎はそれが悲惨なことだとわからない。わかっていたとしても、思い悩むほどの理解がない。

喜び勇んで何かのために戦ってるわけでもない。島崎はただ生きていただけで闘争を呼ぶ存在になってしまったのだ。

 

優しさからの闘争という矛盾する切なさ

上記の通り島崎はとてつもなく強い。

日本で起こる犯罪など、些細な事に過ぎず、その気になればすぐに制圧可能であり、諜報力も含め、その手段の全て持っている。

それが彼の優しさと合わさるとどうなるか。想像がつくでしょう?

本作は単話での日常エピソードが続くのだが、常人なら諦めたり、司法、警察などで解決することも、島崎はすべて実力で解決しにあたる。自身の恩人、仲間のためなら躊躇いなく戦う。

 

これがまた切ない。

彼らを助けるたびに、島崎はどんどん平和から離れていってしまうのだ。

仲間の笑顔と引き換えに、島崎の居場所は間接的にジリジリと削られ始める。

彼はただ平和な国に生きたいだけなのに。

本人はそれに気が付いているのだろうか。

 

島崎が戦場に復帰するまで後……日。

作中では話の区切りでカウントダウンがされている。

島崎の戦場はどこなのかで解釈がかわるこのワード。今後の展開が気になってしょうがない。

ミリタリーものとしても、人間ドラマとしても、間違いなく傑作だ。

実写映画化されそうだぁこれ。

今なら巻数も少ないし、試しに読んでみることをオススメする。

 

 

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