ミソジノハカバ

脳内のガラクタ置き場。フィクションとノンフィクションが入り混じったカオスです。ゲームの話が多いですが、おもしろいと思ったことはなんでも書き留めます。

【マンガ】「もっこり半兵衛」を語る

私は人間の「狂気」を題材にした作品が割と好きである。

 

「狂気」の表現はとても難しい。

当人も自覚していないとか、そこを理解して超越済であることを匂わせることが本当に大切で、そこが少しでも強調させすぎたりすると陳腐な三文芝居感がでてしまうのだ。

 

「狂気」ってカレーの中になんだかわからないけど主張するよくわからないスパイスのように自然に、でも確実な存在感を残さないといけない。

狂気は滲み出る匂いのようなもので、読者の鼻をツンと刺したのち、気が付けば心の底に突き刺さっているのが本当にいい「狂気」だ。

 

以前紹介した「アスミカケル」川田先生の「火ノ丸相撲」もいい狂気感があったが、あれはヒロイックが行き過ぎた狂気みたいな部分があった。

 

ゴールデンカムイ」も笑っていいのか、怖がっていいのかわからない生命倫理ラインで反復横跳びするから、あれは作者の狂気性がにじみ出てる。

 

鬱っぽさであれば、アニメ「serial experiments lain」、「TEXHNOLYZE」とかもよい。あれは筆舌に尽くしがたいディストピア的狂気が満ちていて、不安感を直接刺激してくる。

 

そんな中で、ふと思ったんだが、一番の狂気って江戸の侍の死生観なんじゃないだろうかと思うわけだ。

古代ローマなんかもとにかく人の命が軽いってのはあるんだけど、それは宗教的に罰するものだったり、生命を娯楽として扱って遊んでるって感じで、それはそれで残酷なんだけど、なんとなく行為の辻褄があう気がする。

 

侍は割りとこのラインをポンと外れがち。

自分の「名誉」とか「覚悟」とかで簡単に人を斬るし、なんなら自分も斬る。

自分を斬るってなにごと? しかも厳格に作法まで決められてて、痛すぎるから介錯する首切る人もいるのよ? 

(この辺はちょっと「イノサン」のシャルル=アンリサンソンに通じるものもあるけど・・・あれ医術的な側面強いからなぁ)

 

少なくとも「お見事!」なんて言いながら首は落とさんだろう。

 

これってよく考えると怖いんだよ。

飢饉で口減らしをするとか、人を食ったとかの方がまだなんか理解できる。これは狂気じゃない。本質は自衛からくるものなのよ。その行動には生存のための意味がある。

 

侍の文化ってそこをスイスイ超えてくる。

見栄のために切り捨て御免とかあったり、刀の切れ味を確かめるために辻斬りしてみたり。

しかしその横には長屋で寝る町人達がのんびり暮らしていて、夜は遊女や夜鷹が街で蠱惑的に街を照らす。

生と死が隣り合わせごちゃまぜの死生観があってよくよく考えるとめちゃくちゃ怖い。

忠臣蔵」とか幼心にクソ怖かった。なんであれを毎年親が見ているのか全く理解不能だった。

 

かの名作「シグルイ」などは狂気の詰め合わせだ。物語根幹にあるのは愛憎だったり、出世欲だったりあるわけだが、あれは剣客の話。

 

まぁそんな前置きをしてから、今回紹介したいのはもっこり半兵衛」である。

ynjn.jp

公式サイトリンクで何話か読めるのでぜひ!

 

 

狂四郎2030から続く狂気感

私が本作と出会ったのは狂四郎2030がきっかけである。

この漫画もかなりぶっとんでいるのだが、あまり大きな声で推薦できる漫画ではないかな・・・。ただ間違いなく名作だった。

 

 

人間が群として狂っていく様、愛に狂っていく様、死に麻痺して狂っていく様、生に執着して狂っていく様、憎しみに狂っていく様、とにかく汚いが人間を描いたマンガだった。

本作はドギツイ下ネタが挟まってくるのだが、次のコマではさっきまでふざけていた人間が一瞬で人を殺す前の顔になる。それが得も言われぬ迫力がある。過度なグロ描写があるわけじゃないのだが、心を抉るような生と死を対比するような演出が数々挟まって感情がめちゃくちゃに揺らされる。

私はアルカディア編が好きです。ぜひ読んでみて。

 

もっこり半兵衛」はそれに比べればギャグテイストが強く、下ネタも優しめ・・・なのか? 

しかし、主人公「月並半兵衛」は狂った藩主の命令で真剣試合で、120人もの人間を斬り「人斬り半兵衛」と呼ばれ、狂いかけた過去がある。ここは「狂四郎2030」の狂四郎に近いものがある。

半兵衛は人斬りの臭いを恐れた妻にも逃げられる。失意の中、江戸の見回りをするうちに夜鷹たちに諭され、彼女たちの何物も傷つけない生き方が美しいと思うようになっていく・・・ここが狂四郎との違いで、狂四郎は狂いかけた精神を愛で繋ぎとめるのだが、半兵衛は街に救われたというところが本作の魅力の一つ。

 

基本的には人情時代劇なんだが、時折みせる半兵衛の狂気が日常の中にふわりと香る程度にちりばめられているのがとってもいい。

半兵衛は正義の味方でもなんでもない。

それを象徴する娘さおりのセリフを抜粋しよう

 

父上のもう一つの異名 知らないの

人斬り半兵衛 江戸で一番人を斬り殺してきた人よ

弱いものを守り 強い悪にも立ち向かう 誰も差別しない正義の人だと

そんな神様みたいな人間 うさんくさくて信用できないよ

父上は決して 強い人でも 正義のヒーローでもないわ

昔 ある藩の剣術指南役をやってて 5年間で120人の人を斬ったわ

それがいやで浪人になったけど 人を斬るくせが体にしみついたのよ

今でも平気で人を斬れるわ

 

もっこり半兵衛」 10巻 134~136pより

著:徳弘正也

 

半兵衛は殺すと決めたらさっぱりと殺す。

鉈を手に、一張羅を洗濯するのがめんどうだからとふんどし一丁で殴りこんで、夜鷹のために何十人も人を斬り殺す回がある。

その時にも半兵衛の表情に大きな乱れはない。

そこにあるのは殺すと決めたからさっぱりと終わらせるという「狂気」だ

 

正義の味方ではない!

上記の通り、彼は正義の味方ではない。

世直しするために巨悪に立ち向かうわけではない。

生きていくの中での理不尽な慣習があることも理解している。

彼はその中で少しでもマシに生きていくために、救える範囲で、やれる範囲のやり方で人を救う。

例えば、貧しい家で女を遊郭に身売りするのは珍しいことではなかった。今でいえば悲劇に聞こえるが、江戸では全く普通のことで、受け入れなければならない、仕方のないことだった。半兵衛は身売りされる女の子が少しでもはやく高い地位につけるように教養を教えるのだ。

遊郭に殴りこんで・・・なんてことはしない。彼も大きな社会の中で生きる一人にすぎず、それを自分でも理解している。

 

その感じがいいんだよ。

生きるために、今日を工夫して生きていく。

そんなひたむきさが本作からは滲み出てくる。

 

隣り合わせの生と死

ひたむきな「生」、報われない「死」

美しい「生」、理不尽な「死」

折り重なるように積みあがっていくエピソードの間に段差はない。きわめてスムーズに移行していく。この感じは読んでみたらわかると思う。これがにじみ出る狂気感に一役かってるんだよな。

 

徳弘先生は狂気にあてられたキマッた人間の表情を描くのが上手い。

とても正義の味方には見えないんだよ。でもいい男なんだよなぁ半兵衛も狂四郎も。

 

すこし長くなった。

本作は私の人生のバイブル10選にかならず選出される名作だと思う。

ナイスミドルの諸君、読んでみてはいかがだろうか。

 

あ、女性の前では読まないほうがいいかもしれない。