美容室が苦手だ。
刃物をもって背後に立たれると『昔』を思い出す。
「ここは日本。安全な国だ。あの場所とは違う」
なんども脳内で繰り返すそれは読経に近い。自分も諭せない読経になんの価値があるのか。理屈ではわかっていても本能がそれを受け入れない。
「刃物をもった相手に背後をとられるというのは死ぬと同義だ」
その言葉は、心内に深く打ち込まれている。楔は深く突き刺さっており、未だ抜ける気配はない。
鏡越しに閃く銀色の光が、反射して自分の首筋を照らすたび、汗が吹き出す。
恐怖から目をそらすようにたまらず瞼をきつく閉じる。それでも過去は逃がしてはくれない。あの日の事が鮮明に瞼の裏に映し出されるのだ。
というのは全くの嘘だ。私にそんな悲劇的でドラマチックな過去はない。
※こういうのが好きな人は漫画「平和の国の島崎へ」を読んでみよう!
でも美容室は本当に好きじゃない。
単純にあの空間が嫌いだ。
予約をしなくてはならないのが嫌いだ。(先の予定の約束は私はなんでも嫌い)
指名をしなくてはならないのも嫌いだ。
おしゃれすぎてどうにかなりそうだ。
そしておしゃれにあてられている人間をみるのも嫌いだ。
4つ打ちドラムの曲じゃないとスピーカーが爆発でもするのか?
邦楽を流すとどうにかされる決まりがあるのだろうか。
ペルソナ3のMass Destructionでも流してくれよ。
ベイベベイベベイベウェェェェェェェ!!
「今日はどんな感じにしますか?」その『感じ』ってなんだ?
「トップを軽くして、レイヤーいれて夏っぽくしましょうか」なんて言われると、お前はルー大柴なのか問いたくなる。ひのもと言葉しゃべれよ!
「うーん……。じゃあ夏っぽく!」なんて言って答えてるのも丹力すげぇなぁと思う。
美容師の観念が「夏=丸刈り」だったらどうするのか。その観念の齟齬は誰がケアするのか。
毛の手綱を相手に握らせるんじゃあないよ!
私はとにかくこの手のよくわからない美容室用語に疎いし、なによりも言うのが気恥ずかしい。「重さをとってくれ」とか「軽くしてくれ」とかも重力操作系の能力者かよって言ってて脳内でツッこんでしまう。
かといって「とにかく、切れ……。」なんてケンシロウやらDIO様みたいに横柄なことも言えない。
所謂『感じ』を言語化するのは大変難しいもので、必ず写真をもっていくようにしている。またここで嫌なのが、カットモデルは大抵イケメンなのである。
「分もわきまえぬおっさんがァ! 坊主にしてろォ!」と思われていないか心配になるのだ。
一度、こんくらいの短髪でいいやと適当に妻夫木聡の写真をもっていったら、
「妻夫木くんみたいな感じですね」って言われたとき、
ベイベベイベベイベウェェェェェェェ!!ってなってハサミを奪い取って腹を切るところだった。
デリカシーとかないんか?
シャンプーなんて地獄だ。あの布がずれた瞬間、目が合ったらどうしよう。
あっ、いままさにちょっとズレた……。とか考えて、洗ってるそばから汗がでてくる。
好きな自分になれる場所であれば、美容室ももう少しポジティブな場所になり、私もおしゃれ用語を話せるようになるのかもしれない。
しかしながら、社会人、男性が選び取れる髪型というのはあまりに少ない。
客先に出向くこともあるのならばなおの事だ。
清潔感のある髪型とは何を指すのか。誰も教えてくれない。
私は長髪が好きだ。
ギター小僧だった私が長髪に憧れないわけがない。
ジュリアン・カサブランカスになりたいし、デイブ・グロールになりたいし、ジャック・ホワイトになりたいんだ!
一度限界まで伸ばしてみる実験をしたのだが、上司や客先よりも、社内のお姉さま方にとにかく「切れ! 切れ! 目が悪くなる!」とか言われまくって、お前の髪から先に切ってやるよギィー!ってなったわけだ。
そんなにいうなら坊主にでもしてやろうかと思ったら、社会人は坊主もNGらしい。
なんなんだ! 君たちは! 私の髪が君たちの親でも殺したのか!?
誰のためのマナーなんだよこれ。馬鹿らしい。
やーめた!バーカ!バーカ!(アラフォー)
私は極端で根性がひん曲がっているので、その日にバリカンを買って坊主にして出社した。オフィスがざわついて、お姉さま方は「浮気がばれたの?」と耳打ちしてきた。
そんな相手いない。 いたらもうしてる。
どうせ思い通りにできないならなんでもいいの精神である。
かれこれ半年経つが、人間恐ろしいもので最初は9mm~3mmで刈っていたのに、現在はトップ9mmのスキンフェードをいかにうまくできるかにハマり、無駄に理容師の動画を見まくり、道具を買い込んでいるのであった。
3万のバリカン(Wahl 製)だけは妻に怒られて断念した。
これで美容室にもいかなくて済むし、いちいちスタイリングを考えなくてもいい。なんていいことづくめなんだ!と思っていた。
こないだ仕事の後輩の結婚式にお呼びいただいて、喜んで参列させていただいた。
みんなで写真をとって、綺麗な奥さんだねぇなんて話していたら、お坊さんのような男が一人映りこんでいた。
「ギャングみたいだね^^」と笑うクソババアお姉さま方。
この時、私はエミネムになって脳内に「Godzilla」が流れ始めた。ギャングスタ。
カッチーン!
あーもう切らね。坊主やーめた!
これが一か月ほど前の話。
いまマリモみたいになってきている。
つくづく人に振り回されて生きている天邪鬼だなと自分で思う。
またそのうちあの美容室という魔境に足を踏み入れなくてはならないと、もう憂鬱なのである。
話は変わるが、ザ・リーサルウェポンズの新曲『ボウズ』がかなりオススメ。
ぜひ聞いてください。
何の話? これ。雑記だからいいのか。落とさなくて。