私は空想が大好きだ。
映画、漫画、アニメ、小説、ゲーム。
どんな媒体でも名作には共通点があって、終わった後になんとも言えない気持ちが残る。
悪い意味ではなく、筆舌に尽くしがたい感動や思いだ。
嗚呼、素晴らしい物語や価値観に出会った。そしていまそれが終わった。満ち足りた素晴らしい気持ちと、去来する不思議な喪失感。
あえて言い表すのであれば、ポルトガル語のサウダージが適切であると思う。
作品が良ければ良いほどサウダージは深く、サウダージが深ければ深いほど、思い入れはより強いものになる。
そのままの感動を残しておきたいと考える。
時が経てば尚更その思いは強まる。
私は記憶の中のサウダージを汚されないまま、大切に守っていたいのである。
さあ。詩的な表現をした後に、わかりやすく解説しよう。
私は
繊細な懐古厨であり、
凝り固まった原典主義オタク
死後強まるタイプの念能力使い
なわけです。
ものって言い方が8割だよね。
私の中で、このおっさんのサウダージを破壊する行為、またはそれに順ずる行為をサウダージ損壊禁止法(サウダージ法)として心の中で厳格に処罰している。
例をあげよう。
新世紀エヴァンゲリオン、攻殻機動隊、カウボーイビバップ、サムライチャンプルーがギャンブルに使用されているのが悲しくてならない。
これはサウダージ法では低程度の罰則である。
(自分がパチスロには絶対触らないから)
では名作シリーズたちはどうか。
女神転生は世界観を壊さないようにちゃんとペルソナシリーズと、デビルサマナーシリーズに武器(ターゲット層)を振り分けた。そしてどのゲームもテーマ、世界観が一貫している。
サウダージ! 壊れない! 無罪!
ドラクエはバランスのとり方がとてもうまい。呪文やアイテムなど、アイコンとしての強さが半端じゃない。積み上げてきたものが違う。あと普遍的なモンスターデザイン。細かい中身は毎回ちがうのに、ちゃんとドラクエしてる姿勢を崩さない。ゲーム性が多少変わっても、破綻しない作りになってる。(Ⅸが若干……怪しい? 私は好きだよ)
サウダージ! 壊れない! 無罪!
ファイナルファンタジーは名義だけ存続してて、毎回別作品だからセーフ。
嫌いなFFは確かに存在するけど、好きなFFは独立してるから他作品はどうでもいい。
10-2と謎のライトニングさんシリーズ連打は流石にどうかと思う。
サウダージ! 壊れない! やっぱつれぇわ。
サガはサガだから(にっこり)
ポケモンは思い出じゃない。まだ続いてるだろう。何言ってるんだ(真顔)
つまり、長期シリーズタイトルで世界観が全く違うとか、物語自体が連続していないものは、サウダージ法に基本的には抵触しない。
では抵触リスクが最も発生するものはなにか。
それが名作ADVゲームの多展開である。続編、外伝作品の乱立は特に危険だ。
※サウダージ法では企画的にクロスメディア展開がされているもの、もともと3部作構成などといったものはよいものとする。
.hackシリーズは最高ってことだよ。
誰だ。俺のこと死の恐怖っていったやつ。
ADVゲームって一つの完成した物語なのが前提としてある。
何も起きず、何も解決しませんでした! 終わり! とはならない。
文章で綿密に描写される分、思い入れも深くなるし、能動的に選択し、物語を選び取っていくわけだから、なおの事、主人公に感情移入しやすいジャンルだ。それが思った以上にコンテンツがハネて、外伝が作られまくった日にはもう汗がとまらない。
物語が緻密にできてればできてるほど、後から積み上げる難易度がはね上がる。積み木と一緒だ。名作であればあるほど全ての要素を愛してしまっている。少しでもそのバランスが崩れてしまうとおっさんの繊細なサウダージは一瞬で崩壊してしまうのだ。
例え話ばかりで恐縮だが、
ガンタンクはガン+タンクだ。
ガンタンクに、ビームライフルをつけて、キャノンを付けてしまっては、それはガンタンクじゃない!
それはもうガンタンクではないなにかだ。
ガンタンクはガンタンクのままが美しいのであって、ビームライフルはガンダムに、キャノンはガンキャノンに任せればいいのだ。わざわざガンタンクにそこを背負わせるのは酷である。
これをやってしまったら、おっさんのサウダージは崩壊し、そのコンテンツは無期懲役(絶対見ない。やらない。受け入れない)行きである。
なに? ガンタンクにもキャノンはついてる?
話の腰を折るんじゃあない!
なんの話してんだこれ。
要約すると、ADVゲームは各々が能動的に咀嚼していくものなので、当時の思い出と想像以上に結びついている。そのプレイフィールが素晴らしければ素晴らしいほど崩れたときのショックは計り知れない。
ADVゲームは砂の城のように繊細だ。ほんの些細なきっかけで瓦解しかねない。
だから前もって記事を書いておいたわけだが、
続編を出したり、多展開するっていうのはその数分だけリスクを抱えるってことだ。
だからそのタイトルを銘打った外伝作品がでたり、コミカライズされたり、アニメ化されるとすごくハラハラする。
それ、本当にガンタンクなんでしょうね? ってなる。
子供の頃遊んでた思い出の市民プールがイカ釣り漁船みたいに光るナイトプールになってたらがっかりするでしょ!?
この感じ伝わってます!? メーカーさん!?
とはいえ、メーカーは売れるときに売れるものを売りたいし、メーカーが潤えば、良質な新作がでる。やはり売れるためには大衆化していくし、尖った部分を削っていくものだ。プールだって光らせる。
しかしそのおかげでおっさんはルビコンに行ける。おっさん元気に621してる。
(意訳:ARMORED COREシリーズ全然売れないのに、ソウルシリーズとエルデンリングでフロムソフトウェアにお布施し続けたおかげで新作ゲームができているよ)
ゲーム屋さんは商売だ。わかっちゃいるけど、おっさんは思い出に生きる生き物なのだからしょうがない。
さぁ愚痴はこの辺にしておいて、このおっさんのサウダージ法の上を反復横跳びまくっておじさんの心をかき乱した作品がある。
それがSTEINS;GATEとFate/stay nightなのだ。
それではまずSTEINS;GATEの派生作品をご覧いただきたい。
『STEINS;GATE 比翼恋理のだーりん』
『STEINS;GATE 変移空間のオクテット』
『STEINS;GATE 線形拘束のフェノグラム』
『STEINS;GATE 0』
『アニメ STEINS;GATE』
多いんだよッ……!危ないだろッ……!(Cv首を絞められている碇シンジ)
その都度ジェンガを抜くような緊張感でプレイしている。
STEINS;GATEはADVゲームNO1で好きな作品でできればあのまま触ってほしくなかったと今でも思う。そのくらい深く突き刺さったゲームなのだ。名作の証である。
アニメは見れていない。ADVゲームで噛み締めたあの時間がアニメではすごい速さで流れていく。これは私のサウダージ法に抵触する。
出来はすごくいいらしいけど、そういう問題じゃないよ……。
小学生のころ、大事に読み進めた小説「ホワイトアウト」が映画化され、実写ではあの緊迫した時間が一瞬で過ぎ去っていったときの虚無感。あれはトラウマである。
能動的に入っていく活字の良さと、受動的に入ってくる映像の良さはかみ合わない瞬間がある。そこを考えてほしい。活字を無闇にアニメ化、映画化してはいけない!
……と個人的には思うんだけど、小説も頻繁にドラマ化するし、映画化するしなぁ。ADVゲームはもともとアニメに近い分恵まれているのかもしれない。
「線形拘束のフェノグラム」は結構おじさんサウダージ法に触れそうだった。
「比翼恋理のだーりん」は存在しない。いいね?
頼む、もう出さないでくれ! 扱いが雑だから壊れる気がする。
Fate/stay nightに関しては、設定がしっかりしているので、逸脱はないし、スピンオフが多いのだが、いかんせん多すぎる!
各作家の色が出過ぎる。もうよくわかんねぇよ!
Fate/unlimited codes(まさかの格ゲー。しかも3Dの超コンボゲー)
ロード・エルメロイシリーズ
Fate:Lost Einherjar 極光のアスラウグ
Fate/EXTELLA LINK
Fate/EXTRA Last Encore
Fate/Prototype蒼銀のフラグメンツ
もうやめるね。……まだまだあるんだよ? 媒体もゲーム、小説、アニメ、漫画……
もうサウダージもクソもない。ドラクエ化してて、かえってノーダメージまである。
ストレンジフェイク、アポクリファ、ロードエルメロイ……読んだし、アニメ見たよ! 受け入れないとって! ちゃんとおじさん頑張ったんだ!
でもこれおじさんが求めているFateじゃないよ!(Cvマイケル・デサンタ)
これをごたまぜにしたFGOはもう未知の存在。月姫のキャラまでいるんでしょ……。
サーヴァントで球団作れるだろ……。聖杯何杯分なんだよ……。
じゃあ、おっさん原典以外やるなよハゲタコと言われそうだが、好きなんだから気になるんだよ……。だれがハゲだよ……。
でもすごい化学反応が起きることもあって、原作と完全に整合性がとれてる上に、それ単体で完成してる作品がでてくることがある。
『STEINS;GATE 0』とか『Fate/Zero』とかは物凄い良かった。
ZEROってつくものだいたい神説を提唱したい。
ストリートファイターZERO3も面白いし、ストロングゼロもZEROつくしな!
おっさんはZEROとサウダージとともに生きていくものなのさ。