ミソジノハカバ

脳内のガラクタ置き場。フィクションとノンフィクションが入り混じったカオスです。ゲームの話が多いですが、おもしろいと思ったことはなんでも書き留めます。

スマブラが如く

「オイオイオイオイッ! 頭がどうかしちまってるってじゃあないかッ!?」

 

 ガタイのいい白いスーツを着た男が、額に汗を浮かべながら若い男に詰め寄る。

 ピットブルのように獰猛な姿だというのに、目には深い恐怖と怯えが刻み込まれ、不安に飲み込まれそうな自身を必死で保っているようだ。

 一方、胸倉をつかまれた若い男は眼差しに消えない「灯」を宿している。

 暴力で解決できない問題だと悟った白いスーツの男は、大きく息をつくが、心中の荒波をどこにもぶつけられず、男子トイレの壁を乱雑に殴りつけた。

 

「上田さん。どうか落ち着いてほしい。俺は場に呑まれちゃあいない。『正常』。至って冷静だ」

「冷静? 正常だって? 意味を辞書で引いてくるんだな! 俺が国語もわからない馬鹿だって思ってんのか!? 冗談じゃあないぜッ!」

 

 上田は諭すように、懇願するように若い男の肩をゆする。

 

「なぁ。『絵図』はちゃんと伝えたよな桜井。この『ニンテンドウオールスター大乱闘スマッシュブラザーズでッ! 俺たちはこのシマを制するんだ! これは遊びじゃあねェッ! だから俺はマジになってるんだぜ? 本当ならこんなド汚ェ便所なんて一刻も早くでてぇんだッ!『絵図』を復唱しろッ! お前自身の口からだッ! そして事情を説明しろッ! 俺がテメェの顔面にゲンコツをぶち当てる前にな」

 

「……ルールはワンストック。アイテムあり。キャラ重複は禁止。道具(コントローラー)の持ち込みは自由」

 

淡々と話す桜井に上田は激高する。

 

「幼稚園児にわかるように話さないとテメェには伝わらねェのかァ~ッ!? 物事の『核心』を話せッて言ってるんだよォッ!」

 

興奮する上田をよそに、桜井は表情一つ変えず、言葉を紡いでいく。

 

「何度もいうが上田さん。これは俺たちにとってとても重要な決断になるッ! 大局を見なくては、事を仕損じるッ! 小細工が通じる相手じゃあないんだッ!」

 

乾いた木材の割れる音が響く。トイレの個室のドアが一つ上田の拳で吹き飛んだ。

 

「俺の拳はファルコンパンチってかァ~!? 俺は『絵図』を復唱しろ。『核心』を話せっていったんだ。次はお前にぶち込むぞ。俺がプレイしたほうがマシだとすら思えてきたぜェ……」 

 

桜井は構わず続ける。

 

「……これは上田さんの……命を賭けたゲーム。組の命運を賭けたデスゲームでもあります。遊びであって遊びじゃあない。俺はそこでアンタの代打ち……いや代プレイヤーとして雇われた」

 

上田は少し落ち着いたのか、煙草に火をつけながら窓を開く。

夜風が流れ込み、煙は夜の街へ溶け出していく。

 

「続けろ。『ブクロの暴食王 カービィ使いの桜井』さんよォ~」

「……このルールのミソは大乱闘ルールであり、キャラ重複がなしという点。いかに自キャラをピックできるかが大きな勝敗の鍵になる」

「そうだッ! だから俺はうまく糸を引いて弱小のウチの組がなんとか2番目にキャラ選択できるようにしたッ!それなのにッ!」

 

 話ながら怒りが込み上げてきたのか、上田は煙草を床に吐き捨て、執拗なまでに踏みつけて消す。

 

「なぜ『ブクロの暴食王 カービィ使いの桜井』『フォックス』を選んだァ~……。大乱闘に向く一撃もない。レーザーでヘイトを買いやすい狐をォッ! 今ッ! ここでッ!」

 

 桜井は少しうつむき、短く息を吹き、上田をまっすぐ見据えた。これから起こることに覚悟を決めた男。決意が噴き出すように満ちているように見える。

 

「細かいことは言えないッ! いや言わないッ! これは俺の「尊厳」の問題だ。ただ一つ言えるのは初手キャラピックしたのは『板橋の怠惰王 ネス使いの糸井』だ。おそらくこの勝負の鍵を握るのはヤツだッ!」

 

 上田が何か言おうとするのを制しながら桜井は続ける。

 

「綱渡りだッ! この勝負、もともと不確定要素が強いッ! 勝つためには運命の細い糸を手繰り寄せ、それを渡っていくッ! そんな覚悟が必要なんだッ! アンタも腹を決めろッ! それがいまアンタがすべき『仕事』だッ!」

「~~~ッッ!」

 

 上田の拳に血がにじむ。どのみち決定されたことは覆らない。このまま覚悟を決めて桜井に命運を任せるしかできないことを上田は痛いほど理解している。歯をギリッ鳴らし、何も言わずトイレを後にした。桜井もそのあとに黙って続いた。

 

 部屋に戻ると、画面上にキャラクターが出そろい、あとはスタートボタンを押せば試合を開始できる状態となっている。

 部屋の中心にはニンテンドー64が置かれ、男たちがそれを囲むように画面を見守っている。部屋は薄暗く、ブラウン管が放つ光が葉巻の煙を照らし出し、まるでニンテンドー64がオーラを放っているように見える。

 

「ずいぶん遅かったなァ~。上田ァ。葬式の打ち合わせでもしてたか?ウチの『練馬の傲慢王 サムス使いの横井』は勝てないだろうがなァ」

「そういじめてやるな。大きな勝負だからな。ナーバスになるのもしようがない。ましてや相手が『さいたまの強欲王 キャプテンファルコン宮本』なのだから。彼の終電が気になる。早く始めよう」

「……同感だな。我々もまち疲れてしまったよ。『板橋の怠惰王 ネス使いの糸井』くんはさっきからもうコントローラーを手放さない入り込みようだ。早く準備してくれ」 

 

 上田は唇を噛みしめる。各組、ビッグネームをそろえてきている。ネス、サムス、ファルコン……ここで暴食王が使うフォックスが乱闘で健闘できるのか。

 

 糸井のコントローラーを見て、桜井が静かに笑みをこぼす。

 

「クリアーパープルの道具(コントローラー)。お前も変わらないな」

 

糸井は桜井に目もやらず、画面だけを見つめている。

 

「女子みてェなおしゃべりはなしだ……その嫌でも目に付くゴールドの道具(コントローラー)今日で見納めにしてるよォ……」

 

「出そろったなッ!じゃあ開始するぞッ!」

 

それを合図に押されるボタン。ランダムで選択されたステージはくしくもセクターZ。

 

3、2、1……GO!!

 

「ファーコーン……!」

 

上田は驚愕する。

 

「こ……この大事な局面でパナしだとッ!? 画面を見ていないのかッ!? 一周まわって深いッ! これが強欲の二つ名をもつ男ッ……」

 

 宮本のファルコンの拳がうなる。その少し離れた場所ウォォォンという機械音がうなる。横井のサムスの手にエネルギーが集中していく。

 

「開始直後即ぼっ立ちチャージだとッ!? 自分が被弾しない自信があるのかッ!? 自身に降りかかる火の粉をものともしないッ……? いや!当たると思っていないッ! 傲慢にもほどがある」

 

 もうどちらも引けない。純粋な力と力のぶつかりあいを男たちは望んだ。それに呼応するかのように事態は収束を始め、あたりの時間の流れが減速を始めたように錯覚するほどの緊張感が満ちる。

 それは刹那の瞬間だった。

 サムスとファルコンの間。虚空からのボム兵の顕現。

 

 「「アッ」」

 

 力と力と力。その衝撃は二人を消し去るには十分な衝撃だった。

 宮本、横井はがっくりとうなだれ、コントローラーを取り落とす。

 

「なんてことだッ! 当然の帰結ッ! 画面をみないからだッ! パなしは悪ッ! おぞましい悪だッ!」

 

上田の驚嘆の声が響く。

 

 一方、糸井と桜井は互いににらみ合い動こうとしない。

 侍の間合い。どちらかが動けば、どちらかが確実死ぬ。

 そんな沈黙を破って桜井が口を開く。

 

「出しな……テメ~の『PK……サンダー』……」

 

そんな凄みに糸井は一瞬退き、すぐに笑みを取り戻す。

 2人の間に土木工事現場のようなドドドドという音が響いているような錯覚すら覚えるほど、緊張感が高まっていく。

 口火を切ったのは糸井だった。

 

「PKサンダーッ!!」 

 

 切り裂くような糸井の甲高い声がこだまする。ニンテンドー64に音声認識機能はついていない。それでも糸井は叫んだのだ。

糸井はノッた。桜井の挑戦に。運命が転がり始める。それはもはや誰にも止めることはできない。

小細工なしで進んでいく雷撃。桜井はリフレクターでそれを跳ね返す。

 

「うおおッ……!? 跳ね返したッ!」

 

部屋にざわめきが走る。

 

「まだだっ!」

 

糸井が叫び、ネスがバットを構える。

 

「正気じゃあないッ! 跳ね返したものを、さらに打ち返そうってのかッ!?」

 

上田が神に祈るように手を合わせる。そんな祈りも無常に、ネスのバットに吸い込まれるように雷撃が走る。

 

キィーン!

 

甲高い打撃音。

誰もが息をのんだ瞬間、時が止まった。

そうゲーム画面が止まったのだ。フリーズしたのだ。

 

桜井が静かにコントローラーを置き、男たちに向き直る。

 

「PKサンダーは2回跳ね返しちゃあいけない……。それがこのゲームの『ルール』だ。さぁゲームはフリーズした。この場合、勝敗はどうするんだァ~? 当然決めてあるんだろう」

 

糸井がたまらず噴き出す。

 

「……噴飯モンだぜこりゃあ……」

 

ざわめく組員たちをよそに桜井は続ける。

 

「ゲームは……『夢と希望』そのものなんだッ! それを『邪悪』に利用する行為は神への冒涜に等しいッ! お前らは神(ニンテンドウ)に背く邪悪そのものだッ!」

 

 宮本が終電のため席を立つ。

 そんな中で糸井が叫ぶ。

 

「ゲームで遊ぶんじゃねェッ!」

 

そんな咆哮に上田がたまらず噛みつく。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれッ! じゃあ、シマはッ! シマはどうするってんだッ! 俺たちはこのままじゃ帰れねぇッ!」

「わかってます。上田さん。これを」

 

桜井が懐からカードを取り出し、各員に配る。それはシマの問題を解決する鍵だったのだ。

 

「あつ森……ッ!!」

 

それは『あつまれ どうぶつの森』のダウンロードカードだった。

 

「そ、そうかッ!これなら争わずとも、各組、シマが手に入るし、交流もできるッ!なんてこった桜井ッ……! お前ッ! 最初ッからこの『絵図』をッ!?」

 

静かにうなずく桜井を見て、上田の目に涙がこみあげてくる。

そんな上田、各員に桜井は力強く語りかける。

 

「シマは自分で切り拓くものだッ! そこで出会う人間同士でこそ人はわかりあい、成長できるッ! それが人だッ! みながそこに向かい、進むべきだッ! それこそが人間賛歌だッ!」

 

 各員目に涙を浮かべる。パチリ、パチリと拍手があたりをつつみはじめ、男たちは一つになった。みなで肩を抱き、互いの健闘を称えあった。

 争いのない平和な世界。みんなに優しい世界。それが神(ニンテンドウ)によってもたらされたのだ。

 おめでとう。そしてありがとう任天堂。誰もが神(ニンテンドウ)に感謝した。

 

「現実で土地が欲しい場合は不動産屋さんに行き、正当な手段で購入しましょう」

 

 横井のつぶやきは東京の空に溶けるように消えていった。

 

 

ゲームでリアルギャンブル。ダメ。絶対。