新人の男の子はすごくフワフワとしている。なんといえばいいのか。別に柔和な雰囲気があるとかじゃない不思議な軽さがある。
放っておくと人混みに流れて、仕事中でも消えていきそうなくらいフワフワしている。
でも割と度胸のある……というか独特なとんでもないことを言ったり、したりするので、OJT担当の同僚はいつも変な汗をかいている。
私はそれを遠巻きに面白おかしく眺めているのだが、私からすれば彼はそれほど無礼かなぁと思ったりする。
自分も若いころに酒を浴びるように飲んで、酒臭いまま仕事したり、二日酔いで早退したりしてたし、それに比べればまったく品行方正な新人だと思う。
彼はまだ若いだけだし、変わっていく社会の中、私たちの常識を彼らに押し付けるのも悪いだろう。
私は社会の常識とやらに当てはめて人を図るのが好きではないので、「失礼」かどうかは立場じゃなくて、私がその人間を「好き」か「嫌い」かで決める。
嫌いな人間には許容量は少なくなるし、好きな人なら多くなる。シンプルだ。
自分の失礼を許容してもらうために、相手に好きになってもらうというのも一つの戦略だとは思うが、普通に思いやりをもって仕事してればそんなもの勝手についてくるはずだというのが持論だ。やることやって自分なりの礼を尽くせば問題ない。
それでも私を好きにならない奴なんて嫌いなので、別に私を好いていて欲しくもない。
以前飲み会で一度上司に挨拶に行けと叱られてから、絶対に席を移動しないようにしている。ビールのラベルの向きでも気にしながら酒つがれていい気になってやがれ
まぁこんな私なのでOJT担当になったことは一度もない。
私自身上下関係には疎く、人の話をなんでも面白く聞けるので、彼の話を聞くのは刺激になる。単純に私が知らないことをたくさん経験してきているから、彼の言葉は私にとって新鮮なのだ。
そんなこともあり、私はよく休憩中に彼に話しかけてはいろんな話を聞いていた。
聞けば聞くほどフワフワしていて面白い。
「ポケモン好きなのー?私もやってるんだー」
というと彼は目を輝かせて
「超好きっす!やったことないすけど!!」
と言っていた。いやキャラクターとして好きっていうニュアンスはわかるんだけどさ。そこはやってみりゃいいのにと爆笑していた。
そんな彼と雑談していた時に、ふと思い出したように
「あっそうだ。スキューバいきませんか?」
と誘われた。
ちなみにプライベートで遊んだこともない。
スキューバが好きといった覚えもない。
一瞬固まってしまったが、こういうとき漫画で得た知識が役に立った。
私は「ぐらんぶる」が好きで全巻保持している。
あのくだらない大学ノリが大好き。そんな漫画の付け焼刃でスキューバの話をしてみる。
「へぇ。スキューバやるんだ?自分のレギュレーターとかダイビングコンピューターとか持ってるの?あれって高いんだって?レンタルしてるの?」
「!!」
彼は一層笑顔になり、スキューバのすばらしさを語る。でもフワフワしてる。
「魚っ!いろんなのが!超いますよ!」
鮮魚売り場か。もっと言い方があるだろう。
聞けば資格までとって潜っているらしい。何者なんだ彼は。
「今週末いくんすよ!いきましょうよ!」
ちなみにこの話をしているのは木曜日の夕方である。
「いやです」
と即断った。
君、距離の詰め方えぐくないか?「縮地」使えるタイプ?君?
私だったら上司とスキューバなんて死んでも行きたくないけどな。
彼なりの気遣いだったのだろうか。
その週末はあいにくの雨だった。
週明けに「スキューバの調子どうだった?」と聞くと、
「砂まみれでなんも見えませんでした!」
「そりゃ災難だったね」
「でも、海は潜れました!よかったです!」
と笑顔で語っていた。
私は彼が好きである。