私はいわゆる行列というものが苦手だ。
なんなら嫌いと言って差し支えない。
某ネズミのテーマパークなんて金をもらっても行きたくないし、並んでまで食べるほどの食べ物はこの世に存在しないと思っている。
知らない人間との距離が近くなると変に緊張してしまうし、なんといっても嫌なのは音だ。
いやでも聞こえてくる他者の会話なんて最悪で、耳の穴から強制的に砂粒を流し込まれてるような感覚になる。
甲高い話声から顔をそらすように視界をぼうっと空に流す。
昼下がりのショッピングモールは閑散としている。それなのに店舗の隅に置かれたATMコーナーだけは人だかりができている。
本来の用途ではない場面で行列ができてしまうというのはどういう気持ちなのだろう。
ラーメン屋で自慢のラーメンでなく、瓶ビールで行列を作られた店主はどんな思いだろうか。
忙しなくATMの画面をタップする人たちの表情は浮かれていたり、深刻だったりする。
ふと金の行方を想像する。大河のように流れる偉人の顔が印刷された紙が、うねりながら流れ、人の欲望に沿って支流を作り、様々な場所に流れていく。きっとその支流にそって新たな文化が発生したりするのだ。
そんなことをぼんやり思いながら財布に目を落とすと、はみ出た野口英世が咎めるようにこちらを睨んでいるような気がして、咄嗟に目を逸らしてしまった。
それにしても遅い。前の人の作業が一向に終わらない。
こんな文章を打ち終えるくらいの時間をかけて、ATMでなにをしているというのか。
出す、送るだけの機械だぞ。どうしてそんなに時間がかかるんだ。きっとなにか特殊な理由があるに違いない。
私の予想だが、ATMには高所得者しか知らされない裏番号がある。
その番号を入力するとソリティアかインベーダーがプレイできるようになるのだ。
前の人はソリティアに夢中になってるに違いない。
そうでなければあんなに時間がかかるものか。
画面を覗き込めば警察のお世話になってしまうので確認はできないがそうに違いない。
最近はセルフレジでもすごいスマホいじる人いるよな。セルフレジさんとモンストでもやってんのか?
それともパズドラが佳境なのか?
昔イベントでポケモン配ってたみたいにレジからなにか受け取っているのか?
そんなことを空想していると、ATMを使っていた女性は申し訳なさそうに会釈しながら去っていった。
そんな顔しなくていいんだよ。ゆっくりやってていいよ。
と思いながら私は予想した裏番号を入力してみる。
ふふ、私が付けるならこんな数字にするだろうな。
なに? カードがロックされましただと?