暑い夏。小学生は待ちわびた夏休みを謳歌する。
私もご多分に漏れず夏休みを満喫していた。
動きやすい学校の体操服に着替え、バカでかい水筒を引っ提げて、練習場所へ向かう。いつも通いなれた通学路を自転車でかっ飛ばし、学校に到着する。そこでいつもの部活メンバーと合流する。
私たちのリーダー、精密な動きで難しいプレイもミスをしないS君。練習は不真面目だが、試合中は花のあるプレイでオーディエンスを魅了するH君。決して華麗なプレイではないが、泥臭く勝利を狙うW君。そしていつも必死で目標に食らいつく私。私たちは間違いなく○○小学校の中ではエースプレイヤーだった。
いつものように校庭でミーティングを行う。あまり早朝からは練習場所が開いていないため、それぞれの課題を真剣に話し合いながら、イメージを固めていく。それが私たちのルーティンであった。
蝉がうるさく鳴き喚く校庭のど真ん中、皆死地に赴く武士のような表情。無駄な口を叩くものなど一人もおらず、皆が各々の目標をただ一心不乱に追い続けていた。
S君が目覚まし時計をカバンから取り出し、時刻を確認する。
携帯も持たず、腕時計がないS君は自分の目覚まし時計を常にカバンに忍ばせていた。
「そろそろいいでしょ。練習いこうか」
みな「応」と自転車のスタンドを上げる。
時刻は10時。約束の時刻だ。
S君を先頭に、練習試合会場に向かう。
会場は10時にならねば使えない。すこし歯がゆいものであったが仕方がない。
S君の自宅は、お母さんがパートにいかないと使用できないのだ。
練習場(S君の自宅)につくと、みなが口々に気合のこもった礼を神前(プレイステーション)に捧げる。
「「S君おじゃまします!!」」
僕たちの神から返答は帰ってこない。しかしその古ぼけた本体は僕たちを試すようなプレッシャーを放ち続けているように見えた。
S君はすぐさまコートセッティングを行う。
コントローラー端子にダンスダンスレボリューションの専用コントローラーをさし、ずれないように重し(ペットボトル)をセットする。
バリバリとビニル製のコントローラーが広げられるとみなうっとりして目線を向け「おお……」と静かな歓声があがった。
ディスクはすでにセットされており、テレビをビデオ2に入力切替をする。
しばしの静寂、そして試合のゴングが部屋に鳴り響いた。
「デューンッ!デ ァ ー ンス デ ァ ー ン スレッ ボリューション ッ !!」
私とW君は互いの顔を見て「今日も始まったな」と決意に満ちた笑顔を浮かべるのだった。
そこからは壮絶だ。休憩などない。お昼ご飯を食べに各自解散する以外はずっとダンスダンスレボリューションを行い続ける。夕方になるまでぶっ通しだ。
みなそれぞれに首を傾げたり、ガッツポーズをしたり感情をあらわにしながら、ビニル製のマットを狂ったように踏みしめる。それはすごい勢いで、飛び跳ねながら、滑りながら、TV画面を一転に見つめるため、上体は動かさないよう、下半身だけ高速に動かし続けるのだ。
S君のお母さんはこの光景を
病気のサル集団
と敬意をこめて呼び、
うちは獣医ではない。他所でやりなさい。
と激励してくれたものである。
練習で疲れ始めると、H君は僕らを和ませるために、ダンスダンスレボリューション専用コントローラーでファイナルファンタジー8を始め、
「今、俺はスコールだ!」
と士気をあげてくれたものだ。
忘れることのできない、「ぼくのなつやすみ」であった。
それから数年。地方のバッティングセンターに置かれているダンスダンスレボリューションを見たとき、なんとも言えない気持ちがこみあげてきて、記念にプレイしようと100円を投入した。あの夏と変わらない軽快な音がする。
「デューンッ!デ ァ ー ンス デ ァ ー ン スレッ ボリューション ッ !!」
ああ、S君たちはいまごろどこでなにをしているのだろうか。
ある者は高校に落ちたと聞いた。彼らは今もどこか同じ空の下で、この軽快な起動音を聞いているのだろうか。
私は遊びに来ていた友人に自分のプレイの録画をお願いした。当時の気持ちを忘れず、この思いを忘れないため、ここを私のステージにしよう。そう思ったのである。
ここが俺の関東大会決勝戦だ!
そんなつもりで一体身の舞を見せた。当時最高難易度だった曲もクリアし、俺はすべてを出し切った。甲子園球場の空を仰ぎ見る球児のような心持ちで俺はその場を後にした。
友人は無言でそのムービーを送って見せてくれた。
そこには病気のチンパンジーが狂喜乱舞している姿が映っていた。
ああ。S君のお母さん。あの時は本当に申し訳ありませんでした。
菓子折りをもって謝罪にうかがわせていただきます。