「ねぇ。もうすぐ誕生日だよね」
A子はインスタントパスタソースをパスタに絡ませながら嬉しそうに言った。
おいしいパスタというのがどういうものを指すのか私にはわからなかったが、マ・マーのミートソースはお袋の作ったミートソースより確実においしかった。
「そうだね。覚えててくれたんだ」
そういいながら俺はぐちゃぐちゃにまぜたマ・マー至高の一品を一心不乱に口に運び入れた。フレッシュなトマトの味わい。ひき肉が口の中ではじけ、踊り狂う。もうA子の話など話半分になるくらい、マ・マーのミートソースはおいしいのである。おいしいのだから仕方がない。
「なにかほしいものはある?」
A子は上品にパスタをスプーンとフォークで掬い上げ、器用に口に運んでいた。よく食器を二つも手にもって食事ができるものだと感心する。そのスプーン、本当に必要か?そんな野暮は言いっこなし。マ・マーの前では人はすべて平等に平和であるべきだ。
「うーん」
俺は箸でパスタをずびずびすすりながら、A子の問いかけへの上手な答えをぼんやり考えていた。
私たちはまだ学生の身。バイト代などは遊ぶに必要最低限な稼ぎだけでいいと思っていた。私はこのころから労働が大嫌いである。
A子は自分のバイト代をこういったイベントに費やすのがとても好きな女性だった。
とても高いプレゼントを私に購入しようとして何度も止めたことがある。そんな上等なものの価値など私にはわからないし、興味がない。それに見合うお返しも返せる当てがないのだ。それならば自分自身にその金を使ってほしかったものである。
そんな私の頭のうちが表情にでていたのか、私をみてA子はほんの少し眉をひそめた。
「私がしてあげたいんだから、遠慮しないで言ってみて。こういうのは記念だから大事にしたいの」
大事にしてほしいのは私の主義主張なのだが、そんなことA子に伝えられるわけもない。できれば4~5000円。自分の欲しいものをなんとか彼女に伝えなければならなかった。そんな価格帯でほしいものなど、私の中では一つしかなかった。しかし、彼女が求めている返答はこれではないことくらい、馬鹿な私にでもわかる。
「洗い物は俺がやるよ。ごちそうさま」
単身暮らし用の狭いシンクで洗い物をし、すこしお茶を濁す。
しかしながら、洗い物は二人分。しかも一皿ずつ。秒で終わってしまった。
「それで……何か思いついた?」
「…ンスター…セカ……」
しまった。少し漏らしてしまった。無意識の隙をつかれてしまった。
「ん?ごめん?なに?」
A子は怪訝な顔をして聞き返してくる。
「モン…ポータ…」
これは行くしかない。私の正直な気持ちをぶつけるしかない。
「ちょっと!はっきりいってみなって!気を使わなくていいんだから!」
俺は高い財布もピアスも指輪も洋服もいらない!
「モンスターハンターポータブル2nd!」
大きくなっても人にねだるものはゲーム。なんの成長の兆しも見られない魂の慟哭がワンルームに響き渡り、少しの沈黙が生まれた。
その沈黙はA子の怒りというか呆れを表しており、なんともいたたまれない空間だった。A子はしばらくの沈黙を破り、バカデカため息をついてこういった。
「あんた、まだモンスター狩る気なの!?」
モンスターがでるんだから仕方なかろうよとは言えず、私は精一杯のさわやかな笑顔を浮かべながら
「アッフス!」
と答えた。言葉にすらならず、自分にも呆れた男の一言は切ない。最後の一撃ばりに切ない。
この間モンスターハンターポータブルプレイ中にマシンガントークをかますA子に「少し黙れ」とクロロ=ルシルフルよろしく静かにキレたことからA子はモンスターハンターを大層憎んでいた。ちなみに「こんなのより二人でできるゲームがしたい」というからモンハンも多人数プレイできるんだけど仕方ないとスマブラでボコボコにのしたのもきっかけでスマブラも憎んでいる。
このA子の質問に何十年越しにお答えすると、三十路こえてもまだ狩っているので
「40過ぎまで続くかもしれない」
と当時冷静に答えてやるべきだった。
モンスターハンターシリーズはお世辞にも操作間がいいとか、バランスがいいものとは言えないと感じている。やることも単純だし、割とぎすぎすすることもあった。
はちみつを人にねだったこともあったし、閃光玉をわけのわからない場所へ連投し、仲間からもう帰っていいよと言われたこともある。
しかしこの電脳遊戯シリーズは謎の中毒性があるのである。
気が付いたらプレイしている。
大学の講義をさぼって、彼女のデートの約束をすっぽかして、時には飲まず食わずで、とにかくこのゲームに没頭した。
モンハンが恐ろしいのはこれは4人で協力ができるというところであり、大学で起動すればダメ人間が4人も瞬時に集まってしまうという留年野郎Aチーム結成効果を発生させるのである。
学食に行けば集会所にはすでにだれかおり、部室に行けばすでに集会所にはだれかおり、講義中に隠れて起動すればやはりすでに誰かが集会所にいるのだった。
バカたればかりである。
きっとこの時間をもっと有意義に使えたはずだ。
あのA子に
「新しい財布が欲しいな。財布ならいつでも持ち歩けるし、大事に使いたいからね」
なんて気の利いたセリフが吐ければこんな陰キャ三十路にはなっていなかっただろう。
しかしあの頃はこれがすべてだった。
これが青春だったのである。
「モンハン」この4字だけで心が躍る。
新シリーズが発表されるたび、ワンルームで叫んだあの日を思い出す。
ろくでもない思い出である。